最近小説界隈が芳しくない。
衰退して来ちゃいないだろうか?
その証拠に、最近面白い小説が見つからない事はないかい?
写真が発明されて、写実的な絵画が消え。絵という物がイラストやデザインとして庶民化し芸術が淘汰されたように。
宮廷や教会が独占していた象徴である音楽が、POPなカルチャーとして浸透し誰もが所持する時代になったように。
文学もまた、誰もが書いて発表する俗物化してしまう定めなのだろうか?
否、断じて否。
絵画も音楽も、百歩譲って芸術から大衆文化に落ちる事は歓迎しよう。所詮西洋文化だ。
しかし文学、小説は日本も古来から日本語によって作り続けてきた伝統文化としての側面も持つ。そう容易く地に落ちていい筈も無い。
誰もが書いて発表できる。それ自体は素晴らしい。切磋琢磨し、読んで読まれる事で文章は上達していく物だから。
しかし最近、何処かで見たような内容や設定が、誰でも考えつくような在り来たりな構成で、まるでコピー&ペーストしたかのように量産されてしまっている。
まぁぶっちゃけ[なろう系]だわな。
他者の設定をパク……参考にする事自体はそこまで悪いとは思わない。それに似たような世界観を用いる事は、世界観の共有や、前提知識の省略、設定の踏襲と言う新しい共通認識に繋がっている。
かつてゲームでRPGが誕生したことで、魔法とは呪文を唱えてMPを消費して使う物だという、共通認識を生み出しだ。そして敵を倒せばレベルが上がり、レベルが上がれば強くなるという今では当たり前の認識も、RPGが生まれる以前には存在しなかった概念だ。
複数に人間が同じ世界を使用して物語を作るという事を、[シェアワールド]と呼ぶ。いっそナーロッパ([なろう系]が良く使う中世ヨーロッパ風な世界観)もシェアワールドとしてパッケージしたらもっと便利になるんではないだろうか?
それは置いておいて、現状の先に出した世界観の設定を踏襲する事自体に異論がある訳じゃない。
では何が問題かと言うと、皆[面白い]を理解せずに物語を作っている事だ。
きっと皆面白さとは何なのかという事を理解していない。
面白さを要素分解して理解できれば、小説や創作活動がもっと上手く、そして面白くなるはずだ。もし君が物語を書いていて、それがあまり人気が出ていないとしても何も問題はない。
それはまだ君の面白さが開花していないだけだ。文章力やアイディアが無いとか、ましてや才能が無いとかクソくだらない理由で悩む前に、面白くする為の知識をまずは学ぶべきなのだ。
そして一人一人が知識を得て、面白い物語を作れるようになれば、また全体的に小説のレベルも上がってくるに違いない。そうすれば小説界隈は息を吹き返し、小説が読まれるようになり、戦争も無くなって人類は救われるはずだ!
君も面白い小説を書いて、世界を救おうじゃないか!
ここ[Novel of forward]はそうした世界を救済するべく、小説の向こう側を目指していくという趣旨の元、ブログなどを掲載していきますので、どうぞよろしくお願いします。